アメリカの音楽業界に従事するものであれば、知らぬものはいないであろう、アメリカのレコードレーベル、インタースコープ・レコード(Interscope Records)。傘下に多数のレーベルを抱え、現在では世界で最も力のあるレコード会社のひとつとなっている。
所属しているアーティストを見れば、このレーベルがどれだけ大きな会社が分かるだろう。
- エミネム(Eminem)
- マドンナ(Madonna)
- レディー・ガガ(Lady Gaga)
- マルーン5(Maroon 5)
- ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)
- セレーナ・ゴメス(Selena Marie Gomez)
- ユートゥー(U2)
- マリリン・マンソン(Marilyn Manson)
- エルトン・ジョン(Elton John)
- ドクター・ドレー(Dr. Dre)
- 50セント(50 Cent)
- 2パック(2Pac)
そんな誰もが憧れるインタースコープ・レコードに所属しながら、僅か一年半足らずで契約を解除したヒップホップグループがいた。
それが、南アフリカ・ケープタウン出身のグループ、ダイ・アントワード(Die Antwoord) だ。ラッパーのニンジャ(Ninja)、ヨーランディ(Yo-Landi)、DJのハイテック(Hi-Tek)で構成される彼らは、レーベル側から「もっと金になる、一般受けする音楽を作るようプッシュされた」ことを理由に、2011年11月にレーベルを脱退してしまった。
それから自分達の音楽を追求する為、自主レーベルのゼフ・レコード(Zef Recordz)を設立し、2012年1月にリリースしたアルバムが『テンション』(Tension)だ。
リリース当時、音楽雑誌やレコード会社のこの作品に対する評判は決して高くなかった。ただこの理由として、 ダイ・アントワードが大手レーベルであるインタースコープ・レコードと喧嘩別れのような形で脱退した為、圧力を恐れた評論家達が敢えて、酷評していたのでないだろうか。
なぜならこのアルバム『テンション』(Tension)は強烈な"個性"を放つ、芸術性の高い作品だからだ。
アメリカのヒップホップとは全く異なる、中毒性の高い楽曲達は、現在でも世界中に多くのファンを持つ。CDの売り上げ枚数は確認できていないが、このアルバムの代表曲、"I Fink U Freeky"、"Fatty Boom Boom"、"Baby's On Fire"のミュージックビデオの総再生数は約4.5億を超えている為、セールス枚数もかなり多いのではないだろうか。
また、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(Red Hot Chili Peppers)のベーシストであるフリー(Flea)、俳優のジャック・ブラック(Jack Black)、インタースコープ・レコードに所属するマリリン・マンソン(Marilyn Manson)は"Die Antwoord"のファンを公言しており、Die Antwoordの次のアルバム"Donker Mag"にも登場している。他にもエイフェックス・ツイン(Aphex Twin)、有名な映画監督のデヴィッド・キース・リンチ(David Keith Lynch)、デヴィッド・フィンチャー(David Fincher)など、数えきれない程の大物達が"Die Antwoord"を指示している。
ある意味「一般受けする」音楽とは程遠いにも関わらず、自分達の音楽を追求した彼らだからこそ、本物の音楽ファンに愛されているのだろう。
Tension - Track Listing
No. | Title | Writer | Length |
1. | Never Le Nkemise 1 | Watkin Tudor Jones, DJ Hi-Tek | 2:52 |
2. | I Fink U Freeky | Yolandi Visser, Lily Roberts, DJ Hi-Tek, Watkin Tudor Jones | 4:40 |
3. | Pielie (Skit feat. Ninja) | Leon Du Toit | 0:09 |
4. | Hey Sexy | Visser, DJ Hi-Tek, Jones | 5:08 |
5. | Fatty Boom Boom | DJ Hi-Tek, Visser, Jones | 3:45 |
6. | Zefside Zol | DJ Hi-Tek, Jones | 0:56 |
7. | So What? | Visser, DJ Hi-Tek, Jones | 3:51 |
8. | Uncle Jimmy | Uncle Jimmy, DJ Hi-Tek, Visser | 1:21 |
9. | Baby's On Fire | Jones, DJ Hi-Tek, Visser | 3:56 |
10. | U Make a Ninja Wanna Fuck | Jones | 3:16 |
11. | Fok Julle Naaiers | Jones, DJ Hi-TekVisser | 3:54 |
12. | DJ Hi-Tek Rulez | DJ Hi-Tek | 1:37 |
13. | Never Le Nkemise 2 | Jones, Visser, DJ Hi-Tek | 3:21 |
Background & Reception
1曲目の"Never Le Nkemise 1"はアルバム全体のイントロと捉えた方が良いだろう。ラッパーのニンジャ(Ninja)、DJのハイテック(Hi-Tek)のトラックがフューチャーされた曲だ。
次の"I Fink U Freeky"は恐らくインタースコープ・レコード(Interscope Records)と、そこに所属するアーティストを皮肉った曲。アングラ的な作品にも関わらず、 2020年7月時点でミュージックビデオの再生回数は脅威の1億5000万回を突破。内容もかなりアグレッシブで動画内において、ドクタードレのヘッドホンを叩き割っている。映像は全編を通して白黒となっているが、これは同じく南アフリカに住むアメリカ人アーティストであるロジャー・バレン(Roger Ballen)の作品を参考にしたようだ。ノリノリなトラックに乗っかる、ヨーランディの"カワイイ"ボーカルがクセになるナンバー。
3曲目の"Hey Sexy"はイギリス電子音楽の先駆者デリア・ダービーシャー(Delia Derbyshire)が作曲した"Ziwzih Ziwzih OO-OO-OO"をべースに作曲されたナンバー。原曲もかなり個性的だが、Die Antwoordのこのアレンジも負けじと色のある楽曲に仕上がっている。
"Fatty Boom Boom"はケープタウン出身のダイ・アントワードらしい、アフリカンなリズムが特徴的な曲。トラックはカール・マルコム(Carl Malcolm)の"Hey Fattie Bum Bum"がベースとなっている。レディー・ガガ(Lady Gaga)やインタースコープ・レコードに所属するアーティストを強烈に皮肉った"Fatty Boom Boom"のミュージックビデオは、 発表当時大きな物議を醸した。
内容はレディー・ガガのコスプレをした男性が襲われ、逃げ出した先でガガの愛称であるマザー・モンスターを皮肉って虫を出産、最後は「コンクリート・ジャングルの王」と紹介されたライオンに食べられて終わるという、衝撃的な内容。これMVを見たレディー・ガガはダイ・アントワードをTwitter上で「だからあなた達はヒット作が無いのよ」などと非難。それに対し、Die Antwoordも「あなたは俺達よりも"売れる"シンガーかも知れないけど、俺達の方がクールだぜ」と返答している。実はDie Antwoordはインタースコープ・レコード在籍時、レディー・ガガから「ボーン・ディス・ウェイ・ボールツアーを一緒に廻ってほしい」と誘いを受けるほど気に入られていたが、 ダイ・アントワードはこれを断っていたそうだ。
"I Fink U Freeky"、"Fatty Boom Boom"と共にシングルカットされたのが9曲目の"Baby's On Fire"。非常にキャッチーなのでこの曲からDie Antwoordを好きになったファンも多いだろう。彼らの最大のヒット曲ともいえるこのナンバーは、YouTube上で2億5000万以上を記録している。
Conclusion
大手レーベルを脱退し、自らの道を進み始めたダイアントワードの1作目、『テンション』(Tension)。こういったパンチの効いた作品を生み出せたのは、彼らが強い意志を持つアーティストだからに他ならない。私はインタースコープ・レコード(Interscope Records)に所属しているアーティストも好んでよく聞いており、このウェブサイトでも紹介しているほどだが、「個性」といった点で、ダイ・アントワード(Die Antwoord) に肩を並べるミュージシャンは少ないと思う。彼らが"最高にクール"な理由は、自分達の好きな音楽を追求し続けている他ならない。
レーベルを脱退した際、インタビューで彼らは以下のように語っていた。
「もし周りの好きな音楽を作ろうとしたら、そのグループはクソになる。俺達は常に自分達の好きな音楽を作り続ける必要があるんだ。もしそれが売れたら奇跡だが、その奇跡をダイアントワードは起こしたんだ。」