ゲーム史において、重大な功績を残したのが、カナダのモルデンハウアー兄弟が生んだ2Dアクションゲーム『カップヘッド』(Cuphead)だ。
昔ながらの手描きスタイルで120,000枚ものフレームを書き上げ、流れるような動きと懐かしさのある美しいアニメーションを実現。
彩色はデジタル処理ながら、手描きならではのいびつさやノイズをのせるなど細かい部分にも拘り、1930年代の暖かみのある画風を忠実に再現した。
こういった細かい工夫が多くの人達の心を掴み、発売から2週間で100万本以上、2020年までには600万本を超える大ヒット作品となった。
しかし、『カップヘッド』(Cuphead)が高い評価を得ている点はアニメーション部分だけではない。
このゲーム用に作成されたサウンドトラック、即ち「音楽」も、この名作に欠かせない重要なピースになっているのだ。
カップヘッドの音楽は、ビッグバンドやラグタイムが中心となっている。
また、ラテン音楽の要素を持つ“Floral Fury”や、無声映画からインスパイアを得た“Forest Follies”などもあり、楽曲のバラエティーも豊富である。
一貫して言えることは、ゲーム内で使用されている音楽は全て、1930年代を意識したものになっているということだ。
レコーディングは40名以上のミュージシャンにより行われた。50曲以上もあるにも関わらず、彼らは僅か3時間ほどで録音を完了させたというから驚きだ。
作曲を行ったのはトロント在住のミュージシャン、クリストファー・マディガン(Kristofer Maddigan)。クリストファーは、クラシック・ジャズ界でパーカッショニストとして活躍しており、それに平行して作曲家としての活動を行っている。
彼はこの壮大なプロジェクトを裏で支えた人物の一人と言えるだろう。
今回は『カップヘッド』(Cuphead)の音楽や制作秘話について、クリストファーにインタビューを行った。
これまでにゲーム音楽の作曲を行ったことはありますか?また、どのような経緯でカップヘッドの作曲を行うことになったのでしょうか?
Kristofer:そう、ゲーム音楽を書いたのは今回が初めてだよ。制作が始動してから、比較的早い段階でオファーをもらったんだ。2013年の夏ごろだったと思う。
僕は元々モルデンハウアー兄弟と友達だったんだけど、あるとき彼らが「ボスが8~10体ぐらいいるような小さいゲームを作っているんだけど、音楽を書いてみたいかい?」って聞いてきたんだ。
僕はすぐに断ったよ。「ゲーム音楽は僕の分野から大きく外れている」ってね。でも彼らが引かなくてね。最終的にいくつかのMIDIトラックを作って聞かせたんだ。その後は雪玉が雪の上で転がっていくみたいに物事が進んでいったね。
ゲーム音楽の作曲を行うと想像していましたか?
Kristofer:そうでもないかな。長い間、そういった挑戦をしたいとは思っていたけど、自ら行動はしていなかった。本腰を入れるには、今回のような具体的なプロジェクトが必要だったんだ。でもそれまでは、1930年代のビッグバンドの楽曲を書くなんてことは想像もしていなかったね。でも一旦動き始めると、僕の想像以上に上手くいった。
カップヘッドのおかげで、今では他のプロジェクトや、ゲーム音楽以外の楽曲を作曲する準備もできたね。
『カップヘッド』の音楽を作曲する際、影響を受けたアーティストとしてあなたはジェリー・ロール・モートン(Jelly Roll Morton)、ワグナー(Wagner)などを挙げています。ゲームに合う音楽を作るためにどのようなリサーチを行いましたか?
Kristofer:単純なことだよ。音楽を聞いて、読んで、研究して、また聞いての繰り返しさ。理論や楽譜も勉強したし、素晴らしい僕の先生にも協力してもらった。
彼の名はジョン・ハーバーマン(John Herberman)。指揮を振ってくれたり、音楽以外のビジネス面でも色々手助けをしてくれた人なんだ。彼に出会えたことは本当に幸運だった。
僕がみんなにお勧めすることは、自分にとってベストな指導を見つける努力を怠ってはならないということかな。
伝統的なアニメで使用された音楽にも影響を受けていますか?
また、他のゲームをプレイしてどのようにサウンドトラックが実行されているか勉強したりしましたか?
Kristofer:音楽の制作にあたって、いくつか昔の漫画を見たよ。モルデンハウアー兄弟は早い段階でビッグバンドのサウンドを欲しがっていたからね。
でもビッグバンドは昔のアニメに使われていない音楽なんだ。
ディズニー初期のアニメなんかは、オーケストラのサウンドがほとんどだよね。キャラクターの動きに合わせた音を導入したりもしている。
だから僕が参考にしたのは、彼らがどのようにイントロ、タイトル、スタッフクレジットで音楽を導入しているかを確認した。
他のゲームは特にプレイしてないね。僕らのアプローチは「素晴らしいものを作ろう!」って哲学だったからね。一般的なアプローチや方法とは反対のものだった。
ゲーム音楽の作曲に関する本は読んだりしてみたね。例えば、ウィニフレッド・フィリップス(Winifred Phillips)の”A Composer’s Guide to Game Music”とか、近藤浩治の”Super Mario Bros (33 1/3)”とかかな。
でも常に考えていたのは、他のゲーム音楽とは違うアプローチや角度で作曲するということかな。
あなたはサウンドトラックのクレジットにて、「オーケストレーションをゼロから学ばなければならなかった」と書いていました。この点について話を聞かせてください。
Kristofer:ゲーム音楽は初めてだったし、どこから始めればいいのか分からなかった。
でもそれが今作のオリジナリティに繋がったんだと思う。
ゲーム音楽の常識とか知らなかったけど、それでも僕は柔軟に対応できた方じゃないかな。
作業自体は、本当に一歩ずつ進んでいく感じだったね。
どんなスタイルの楽曲にするか、どんなコードにするか、どんな編成にするか、というのを少しずつ考えながら構築したんだ。そうすると徐々に自身が付いて、自分の本能に従って曲つくりができるようになっていったね。
僕のお気に入りの楽曲は”Pyramid Peril”かな。これは他の人にはない、僕らしさが沢山詰まった曲のひとつだね。とはいってもデューク・エリントン(Duke Ellington)の影響はかなり受けてるかな。
伝統的なジャズ音楽をゲーム音楽として導入するにあたり、周りから否定的な声などはありましたか?
Kristofer:そういったものはなかったね。
僕は1930年代の音楽を書く21世紀の作曲家になりたくはなかった。
僕の目指した今作のアプローチは、「もしジャズの黄金期とビデオゲームの黄金期が同時に発生したらどうなるか?」といったものなんだ。「もしデューク・エリントン(Duke Ellington)やベニー・グッドマン(Benny Goodman)がゲーム音楽を書いていたら?」とも言い換えできるかな。
こういった思考が、多くの人達がカップヘッドの音楽を好きでいてくれる理由のひとつだと思う。実際にその時代を体験していなくとも、なぜかカップヘッドのアニメーションと音楽が、懐かしい体験をさせてくれるんだ。
今回はジャズ以外にも男性四重唱(Barbershop Quartet)が導入されています。これはどのような経緯があったのでしょうか?
Kristofer:多分、チャドがショップティムス・プライム(Shoptimus Prime)を見つけたんだと思う。
※ショップティムス・プライムは男性四重唱(Barbershop Quartet)の音楽グループ
もし初期段階のデモをプレイしたことがある人がいれば、彼らがタイトル画面で歌っているのを聞いたことがあると思う。
彼らは早い段階でこのゲームと関わっていたので、サントラに携わるのも自然なことだよね。
僕は早い段階でタイトル画面の音楽を完成させていたんだけど、バーバーショップ(男性四重唱)っぽくはなかった。だからより正確にこのジャンルを理解するため、再構築する必要があったんだ。
彼らは公式のバーバーショップの資料について教えてくれてたんだ。その資料は5cm以上もある分厚いものだったけどね(笑)。
バーバーショップというのは、一種の秘密結社のような印象を受けたね。オンラインで調べてもそれについての情報はかなり少なかった。
そして色々試行錯誤を重ねてタイトル画面の音楽を修正した後、ふと思ったんだ。
「ショップティムス・プライムに1曲だけのためにスタジオへ呼ぶなんてもったいない!」ってね。
それからせっかく学んだ男性四重唱の知識を活かして追加で数曲を完成させ、彼らに録音を頼んだんだ。
“A Quick Break”という曲がありますが、とてつもなくチャーミングですよね。ビデオゲームのほうから休憩を取ることを勧めるのは珍しいことだと思います。
これはあなたのアイデアですか?
Kristofer:“A Quick Break”のアイデアはチャドの提案だよ。タイトルはブラックジョーク的な感じかな。もしエンドクレジットの後にボーナストラックがあったら面白いかな?って思ったんだ。僕のアイデアでは「時間の掛かるゲームでごめんね」とか「さぁ、次はエキスパートに挑戦だ!」だったんだけど、チャドから却下された。「メタすぎる!」ってね(笑)。
最終的には彼の“A Quick Break”が選ばれた。
この曲はゾーン状態で書いたワケじゃないけど、それに近いものはあったと思う。この時はバーバーショップの勉強に数週間費やしていた時期でやっと完成させたものだからね。
カップヘッドのリリースの後、他のゲームスタジオからアプローチはありましたか?また、今後もゲームのサントラを作ることはありそうですか?
Kristofer:今でもいくつかオファーがあるけど、今のところゲームスタジオからはないかな。
正直に言うと、オファーがあっても演奏活動が忙しくて時間が足りないんだ。
僕は他の作曲家がどれぐらいのペースで作曲を行っているのか想像もできない。
でもカップヘッドの音楽は数年間、毎日何時間も掛けて完成させたんだ。
そしてそれは演奏活動と同時に行っていて、次のプロジェクトもその方法で進めていきたいんだ。
もし次があるなら、凄く特別なプロジェクトか、もしくはモルデンハウアー兄弟との仕事になるだろうね。「ゆっくり、そして慎重に」進める彼らとやり方は、僕と同じだから。
このプロジェクトがこれほど成功すると想像していましたか?
Kristofer:ヒットを確信したのは2015年のE3でトレイラーが発表されたときかな。
でも、僕達の誰一人としてここまでのものになるとは思っていなかった。控え目にいっても、凄く満足のいく結果になったね。
※この記事はこちらのインタビューを参考に作成した記事です