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職人技が輝くサックス&ギター・デュオ・アルバム『エレジャイアク』(Elegiac)- ズート・シムズ(Zoot Sims)&バッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)

『エレジャイアク』(Elegiac)- ズート・シムズ(Zoot Sims)&バッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)

『エレジャイアク』(Elegiac)は、ズート・シムズ(Zoot Sims)とバッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)が1996年にリリースしたサックス&ギターデュオ・アルバムである。

この作品は、彼らが1980年にニューヨークで行ったライブの模様を収録したライブ・アルバム。
音質は決して良いとは言えないが、ズートの深く温かみのあるサウンドと、バッキーの多彩なバッキングを存分に楽しめる「ジャズの名盤」だ。
さて、ここで簡単に両名の紹介をしておこう。

ズート・シムズ(Zoot Sims)は、1925年10月29日カリフォルニア州イングルウッド出身のサックス奏者。
本名はジョン・ヘイシー・シムズで、"ズート"という名称はケニー・ベイカー楽団在籍時に付けられたあだ名である。

タップダンサーの父を持ち、幼少期のズートは彼から様々なステップを学んだ。
それからズートはドラムとクラリネットを開始。
しかし、13歳になる頃、レスター・ヤング(Lester Young)のサウンドに魅了され、テナーサックスを学び始める。
レスターに加え、ベン・ウェブスター(Ben Webster)、ドン・バイアス(Don Byas)らも好んで聞いていたそうだ。

音楽の熱中していたズートは、高校を中退し、ケニー・ベイカー(Kenny Baker)楽団の一員として活躍。
18歳になる1943年にはベニー・グッドマン(Benny Goodman)楽団に加わり、自身の腕を更に磨いていった。
(この後、一度は脱退したものの、1946年に再加入。それから1970年前半まで定期的にグッドマンと演奏を共にしている)

1940年代後半に入るとアーティ・ショウ(Artie Shaw)、スタン・ケントン(Stan Kenton)、バディ・リッチ(Buddy Rich)らと共演。
この頃から、ズートはリーダー・アルバムを発表するようになる。
とくに1950~1960年代にかけては元フォア・ブラザーズの仲間であったアル・コーン(Al Cohn)と精力的に活動し、多くの名盤を残した。

その後もソロ活動を行いつつ、カウント・ベイシー楽団(Count Basie Orchestra)、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)、クラーク・テリー(Clark Terry)らとプレイ。
亡くなる1985年まで精力的に活動し、「ジャズの歴史に名を刻んだ、名サックス奏者」となった。

バッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)は、1926年1月9日ニュージャージー州パターソン出身のギタリスト。
ギターとバンジョーを弾く叔父の影響で9歳のころからギターを手にし、僅か10代半ばでプロとしてのキャリアを開始する。
1952年にはNBC TVの専属ミュージシャンとなり、ライブやスタジオ・ワークで腕を磨いていった。

その後、バッキーが43歳になるとき、彼に大きな転機が訪れる。
グレッチ製の7弦ギターのデモンストレーションを行うため、ニューヨークを訪れていたジョージ・ヴァン・エプス(George Van Eps)のステージをみて大きな感銘を受けたのだ。
それからバッキーは7弦ギター一筋となり、『レッド・ドア』(The Red Door)『マンハッタン・スウィング』(Manhattan Swing: A Visit With the Duke)『ファミリー・フーガ』(Family Fugue)など多くの名盤を残し、亡くなる2020年まで「7弦ギターの第一人者」として活躍した。

この『エレジャイアク』(Elegiac)は、ズートが54歳、バッキーが53歳のときの演奏となる。
この5年後にズートは亡くなっているため、晩年の部類に入ると言ってよいだろう。
長年楽器と向き合ってきた彼らが織りなすプレイとサウンドは、まさに「職人の技」。
サックスとギターが絶妙に絡み合っており、デュオならではの"深み"を存分に楽しむことができる。

日頃ジャズを聴かない方にとっては少しとっつきにくい部分はあるかもしれないが、聞けばきくほどに味が出る作品とも言えるだろう。
もちろん、ズート・シムズやバッキー・ピザレリのファンは購入して損はないだろうし、サックス奏者やジャズギタリストにも大いに参考になるアルバムであることは間違いない。
収録曲もジャズスタンダードの中でもよくコールされるものが多いため、ジャズ初心者にもおすすめできる。

ここからは簡単にそれぞれの楽曲について解説していこう。

Elegiac - Track Listing

No.TitleWriterLength
1.Lester Leaps InLester Young4:25
2.Willow Weep For MeAnn Ronell7:21
3.Limehouse BluesDouglas Furber, Philip Braham5:17
4.My Old FlameArthur Johnston, Sam Coslow5:45
5.In A Mellow ToneDuke Ellington4:17
6.I Got It Bad And That Ain't GoodDuke Ellington, Paul Francis Webster2:16
7.Satin DollDuke Ellington, Billy Strayhorn, Johnny Mercer2:36
8.Take The A TrainBilly Strayhorn2:50
9.FredNeal Hefti6:31
10.JeanRod McKuen6:44
11.Stompin' At The SavoyEdgar Sampson5:43
12.Memories Of YouAndy Razaf, Eubie Blake5:51
13.Softly As In A Morning SunriseSigmund Romberg, Oscar Hammerstein II4:37
14.The Girl From IpanemaAntônio Carlos Jobim4:30

Background & Reception

アルバムのオープニングを飾るのは、ズート・シムズが敬愛するレスター・ヤング(Lester Young)が作曲した"Lester Leaps In"
この曲は1930年にジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin)が書いた"I Got Rhythm"をベースとしているため、コード進行が「リズムチェンジ」となっている。
両者ともに得意とする楽曲のため、伸び伸びとしたプレイが印象的だ。

2曲目"Willow Weep For Me"は、1932年にアン・ロネル(Ann Ronell)が作曲を行ったスローテンポの楽曲。
日本では「柳よ泣いておくれ」のタイトルとしても知られている。
深みのあるズートのサウンドが楽曲にマッチしており、古き良き時代を思い起こさせる演奏だ。

フィリップ・ブラハム(Philip Braham)、ダグラス・ファーバー(Douglas Furber)が作詞作曲を行った"Limehouse Blues"は、3曲目に収録。
1920年代に作曲されて以降、カウント・ベイシー楽団やデイヴ・ブルーベック(Dave Brubeck)、ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)など数多のミュージシャンがカバーしている。
この楽曲でのバッキングは"バッキー節"がさく裂しているため、7弦ギタリストであれば必聴のナンバー。

4曲目"My Old Flame"は、1934年にアーサー・ジョンストン (Arthur Johnston)、サム・コスロウ(Sam Coslow)が作詞作曲を行ったバラード曲。
映画『罪ぢゃないわよ』(Belle of the Nineties)のために書かれた楽曲であり、それ以降ジャズスタンダート曲として愛されている。
冒頭の約1分に及ぶイントロは、ソロギターも熟すバッキーならでは。

デューク・エリントン(Duke Ellington)が1939年に作曲した5曲目"In A Mellow Tone"は、ジャズ界を代表する名曲中の名曲。
アート・ヒックマン(Art Hickman)、ハリー・ウィリアムズ(Harry Williams)が1917年に作曲した"Rose Room"がベースとなっている。
ここではズートの落ち着いたサウンドとメロディアスなソロに注目してほしい。

次に並んだ"I Got It Bad And That Ain't Good"も、デューク・エリントンが1941年に作曲を行ったジャズスタンダード・ナンバー。
カウント・ベイシー楽団、ベニー・グッドマン、ベン・ウェブスター、ビル・エヴァンス(Bill Evans)など数多くのアーティストが音楽を残している曲でもある。
この楽曲ではソロはなく、テーマのみの演奏。

デュークとビリー・ストレイホーン(Billy Strayhorn)が1953年に作曲した"Satin Doll"は、7曲目に収録。
ジャズスタンダードの中でも非常に知名度の高い名曲として知られている。
この楽曲は始まりから終わりまで全てバッキーのソロギター。
少し寂しい印象はあるものの、キャッチーなメロディーを活かした心地よいサウンドだ。

8曲目"Take the "A" Train"は、1939年にビリー・ストレイホーンに作詞・作曲を行い、1941年にエリントン楽団の演奏でレコードが発売され大ヒットしたナンバー。
ジャズ好きでなくとも耳にしたことがある方は多いのではないだろうか。
曲のタイトルとなった"A Train"は、ニューヨークのブルックリン東地区からハーレムを経てマンハッタン北部を結ぶニューヨーク市地下鉄A系統(8番街急行)の名称。
世界中で広く愛されている楽曲であり、ここ日本でも美空ひばりがカバーしたり、2004年の映画『スウィングガールズ』(Swing Girls)で演奏されている。
原曲の軽快さを活かしたスウィング感溢れるアレンジが特徴。

ニール・ヘフティ(Neal Hefti)がフレッド・アステア(Fred Astaire)のために作曲を行った9曲目"Fred"は、跳ねたリズムが心地よいミッドテンポの楽曲。
こういったある意味"ジャズらしくない"ナンバーもこなせるのも、彼らが高い技術を持っているが故だろう。
デュオで演奏しているとは思えない音の厚みにも注目。

10曲目に収録されているのは、詩人でもあるロッド・マッケン(Rod McKuen)が1969年に作曲した"Jean"
イギリス映画『ミス・ブロウディの青春』(The Prime of Miss Jean Brodie)のために書かれた楽曲でもある。
ズートはこの曲にてソプラノサックスを使用しており、軽やかなで厚みのあるサウンドが心地よい。

バッキーが好んで選曲することの多い11曲目"Stompin' At The Savoy"では、二人の息の合ったプレイを楽しむことができる。
1941年にエドガー・サンプソン(Edgar Sampson)が作曲して以降、多くのジャズミュージシャンによって愛されている名曲だ。
曲名はハーレムにあったナイト・クラブ「サヴォイ・ボールルーム」にちなんでつけられている。

12曲目"Memories Of You"は、1930年にアンディー・ラザフ(Andy Razaf)、ユービー・ブレイク(Eubie Blake)が作詞作曲を行った楽曲。
初出はブロードウェイのショー『ブラックハーズ』(Lew Leslie's Blackbirds of 1930)だが、広く知られるようになったのは伝記映画『ベニイ・グッドマン物語』(The Benny Goodman Story)で使用されてから。
フォー・コインズ (The Four Coins) がこの録音したバージョンは、1955年のビルボード誌のチャートで22位まで浮上している。
バラードも得意な二人はここでも楽曲の持つ雰囲気を上手く表現しており、まさに「職人の技」といった感じだ。

邦題では「朝日のごとくさわやかに」として知られる"Softly As In A Morning Sunrise"は、13曲目に収録。
哀愁溢れるジャズの名曲で、バーニー・ケッセル(Barney Kessel)、ソニー・クラーク(Sonny Clark)、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)、チェット・ベイカー(Chet Baker)らも録音を行っている。
ここでもズートはソプラノサックスをプレイ。
いぶし銀のサックス奏者であるズートのアドリブは参考になること間違いなしだ。

13曲目"The Girl From Ipanema"は、日本では「イパネマの娘」と呼ばれている人気の高いボサノバ・ナンバー。
1962年にブラジル出身のアントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Jobim)が作曲し、現在では「最も有名なボサノバ曲」として世界中で愛されている。
原曲の持つ軽快な部分を活かしつつ、お互いの演奏を高め合った、アルバムのラストを飾るに相応しいパフォーマンスだ。

Elegiac - Credit

ズート・シムズ(Zoot Sims)- テナーサックス、ソプラノサックス(Tracks 10, 13)
バッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)- ギター

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