『キル・エム・オール』(Kill 'Em All)は、アメリカのメタルバンド、メタリカ(Metallica)が1983年にリリースしたアルバムである。
プロデューサーにはポール・カーシオ(Paul Curcio)が迎えられ、レコーディングはニューヨークにあるミュージック・アメリカ・スタジオで行われた。
元は『メタル・アップ・ユア・アス』(Metal Up Your Ass)というタイトルにて発表される予定だったが「タイトルが過激すぎる」という理由で『キル・エム・オール』(Kill 'Em All)に変更。これに合わせ、ジャケットも現在使用されているものに差し替えられたそうだ。
本アルバムは「スラッシュメタル」というジャンルを誕生させたアルバムとしても広く知られている作品でもある。
ここでメタリカ(Metallica)というバンドについて簡単に紹介しておこう。
メタリカ(Metallica)は1981年にラーズ・ウルリッヒ(Lars Ulrich)、ジェイムズ・ヘットフィールド (James Hetfield)が中心となり結成したバンド。
翌年にメタル・ブレイド・レコーズを経営していたブライアン・スレイグ(Brian Slagel)から依頼があり、コンピレーション・アルバムへ参加する機会を得る。
ここでメタリカはジェイムズがレザー・チャーム(Leather Charm)に在籍していた際に作曲したナンバー”Hit the Lights”を収録。
当時はメンバーが揃っていなかったため、サポートとしてロン・マクガヴニー(Ronald McGovney)、ロイド・グラント(Lloyd Grant)が参加したようだ。
この後、メンバー募集の広告を見たデイヴ・ムステイン(Dave Mustaine)がバンドへコンタクトを取り、ギタリストとして加入。
ジェイムズ、ラーズ、ロン、デイヴの4人が揃ったメタリカは、正式にバンドとしての活動を開始する。
結成当初、メタリカはロンのガレージで練習を行いながら、地元のクラブでライブをできる場所を探していた。
念願の初ライブとなったのは1982年3月14日、カリフォルニア州アナハイムのラジオシティで行ったパフォーマンス。ここでメタリカは"Hit the Lights"、現バージョンとは異なる"Jump in the Fire"、またダイヤモンド・ヘッド(Diamond Head)、ブリッツクリーグ(Blitzkrieg)、サヴェージ(Savage)らのカバー曲を演奏した。ちなみにこのライブはデイヴのディストーション・ペダルが故障したり、弦が切れたりと散々なライブとなったそうだ。
二回目のライブとなったのは1982年3月27日、ハリウッドにあるウイスキー・ア・ゴーゴー(Whisky a Go Go)でのギグ。これは本来モトリクルー(Mötley Crüe)の前座となる予定だったが、彼らが余りに人気になってしまったため、代わりにサクソン(SAXON)がメインアクトとなった。
徐々に知名度を獲得してきたメタリカは、1982年4月にデモ・テープを作成。
このテープには”Hit the Lights”、 "Jump in the Fire"、” Motorbreath”など後に『キル・エム・オール』(Kill 'Em All)に収録される名曲達も含まれており、1982年7月に『ノー・ライフ・ティル・レザー』(No Life 'til Leather)のタイトルでパッケージ化されたようだ。
一見順調に見えたバンド活動だったが、デイヴの奇行が主な原因により、ベーシストのロン・マクガヴニーが1982年12月に脱退。
メタリカは新たにベーシストを探すこととなった。
ある日、ドラマーのラーズがハリウッドでのライブを見に行った際、あるベーシストのプレイに目が留まった。それが後のメタリカに欠かせないメンバーとなるクリフ・バートン(Cliff Burton)である。
ラーズはライブの後、すぐにクリフをメタリカに誘ったが、クリフは「拠点をサンフランシスコに移してくれるなら承諾する」と回答。
それからメタリカは拠点を1983年2月にエル・セリートへ移り、クリフが正式にメタリカのベーシストとして参加することとなった。
ここでメンバーが安定すると思ったジェイムズとラーズだったが、徐々にデイヴのドラック中毒やアルコール依存が悪化。ライブでのパフォーマンスも酷くなっていたこともあり、1983年4月11日の朝、ジェイムズとラーズはデイヴを解雇することとなった。
デイヴの代わりに加入したのは、エクソダスでプレイしていたカーク・ハメット(Kirk Hammett)。
ここでジェイムズ、ラーズ、クリフ、カークが揃ったメタリカは、遂にデビュー・アルバム『キル・エム・オール』(Kill 'Em All)の製作に取り掛かることとなる。
1stアルバムとなった『キル・エム・オール』(Kill 'Em All)には、デモ・テープ等に収録した"Hit the Lights"、"Jump in the Fire"、” Motorbreath”当の再録を含んだ10曲を収録。
全曲を通してスピード感に溢れ「スラッシュメタル」を代表する楽曲が並んでいる。
ちなみにスラッシュメタルとは、通常のメタルに加えギターリフとスピード感を重視したジャンルのことだ。
発表されたのは、1983年の7月。
素晴らしい完成度を誇っているデビュー・アルバムだったが、リリース当初は思うように売れず、初週の売り上げ毎週は15,000枚程度に収まっていたそうだ。しかし、ヨーロッパツアーを行った1984年には60,000枚にまで上昇。
また、3rdアルバム『メタル・マスター』(Master of Puppets)が爆発的な成功を収めたことにより『キル・エム・オール』(Kill 'Em All)も再評価されることとなった。
現在、この1stアルバムは350万枚以上を売り上げ「メタルの歴史に残る名盤」として広く愛されている作品である。
Kill ‘Em All - Track Listing
No. | Title | Writer | Length |
1. | Hit the Lights | James Hetfield, Lars Ulrich | 4:17 |
2. | The Four Horsemen | James Hetfield, Lars Ulrich, Dave Mustaine | 7:13 |
3. | Motorbreath | James Hetfield | 3:08 |
4. | Jump in the Fire | Lars Ulrich, James Hetfield, Dave Mustaine | 4:42 |
5. | Pulling Teeth (instrumental) | Cliff Burton | 4:15 |
6. | Whiplash | James Hetfield, Lars Ulrich | 4:09 |
7. | Phantom Lord | Dave Mustaine, James Hetfield, Lars Ulrich | 5:02 |
8. | No Remorse | James Hetfield, Lars Ulrich | 6:27 |
9. | Seek & Destroy | Lars Ulrich, James Hetfield | 6:56 |
10. | Metal Militia | Lars Ulrich, James Hetfield, Dave Mustaine | 5:11 |
Background & Reception
オープニングを飾るのは、コンピレーション・アルバム『メタル・マサカー1』(Metal Massacre 1)にも収録された"Hit The Lights"。
前述したとおり、ジェイムズ・ヘットフィールド(James Hetfield)がレザー・チャーム(Leather Charm)に所属していた際に作曲したナンバーだ。
レザー・チャームに所属していたベーシストのヒュー・ターナー(Hugh Tanner)も作曲に携わっていたらしい。
「スラッシュメタル」を知りたいならまずこの曲を聴くことをおすすめする。
ヘビーで力強いリフ、そしてスピード感溢れる"Hit The Lights"は、スラッシュメタルを語るに欠かせない楽曲だ。
次の"The Four Horsemen"は、ジェイムズ、ドラムのラーズ・ウルリッヒ(Lars Ulrich)、デイヴ・ムステイン(Dave Mustaine)によって作曲されたナンバー。
こちらも激しいリフが印象的なスラッシュメタルに相応しい楽曲だ。
元となった楽曲は"Mechanix"で、こちらはメガデス(Megadeth)のデビュー・アルバム『キリング・イズ・マイ・ビジネス』(Killing Is My Business… and Business Is Good!")に収録されている。
※メガデスはメタリカを解雇されたデイヴが結成したバンド
3曲目を飾るのは、ギター&ボーカルのジェイムズが作曲した"Motorbreath"。
ミュートを効果的に使用したリフが心地よいメタル・ナンバーだ。
カーク・ハメット(Kirk Hammett)のギターソロもフューチャーされており、僅かではあるがカークの代名詞であるワウ・サウンドも確認することができる。
ちなみにカークはジョー・サトリアーニ(Joe Satriani)からレッスンを受けていたこともあるそうだ。
日本ではキューミリ・パラベラム・バレット( 9mm Parabellum Bullet)が、メタリカのカバー・アルバム『メタル一家』(METAL-IKKA)にてこの曲をカバーしている。
4曲目"Jump in the Fire"は、デイヴが16歳の時に組んでいたバンド、パニック(Panic)在籍時に作曲された楽曲。
デイブのバージョンをオリジナルに、ジェイムズとラーズでメタリカ用に完成させたようだ。
ヴェノム(Venom)と行ったツアーのプロモーションのため、1984年2月にイギリスでのみシングルとしてリリースされている。
アルバム唯一のベースとドラムによるインスト曲が、5曲目"Pulling Teeth"。
ベースのクリフ・バートン(Cliff Burton)が書いた曲で、クリフのベースソロが堪能できるナンバーである。
この楽曲を聴けば、なぜローズがクリフのベースに惚れたのか分かるだろう。
クリフは若くしてこの世を去ってしまったため、この世に残った音源は少ない。
その中でもこのベースがフューチャーされたこの"Pulling Teeth"は、永久保存版の楽曲と言えるだろう。
6曲目"Whiplash"は、スラッシュメタルを代表するアップテンポのナンバー。
アルバムで初めにシングルカットされた曲であり、人気の高い楽曲だ。
ロック・ジャーナリストのミック・ウォール(Mick Wall)は、この楽曲について「"Whiplash"がスラッシュメタルを誕生させた」と語っている。
“Hit the Lights”と共に「スラッシュメタルの歴史に欠かせない名曲」である。
デイヴ、ローズ、ジェイムズが作曲を行ったのが、7 曲目"Phantom Lord"。
クリーンサウンドのアルペジオが曲間に含まれており「メタリカの代名詞」と言える曲構成となっているのが特徴だ。
2ndアルバム、3rdアルバムに通ずる重要な楽曲といってよいだろう。
8曲目"No Remorse"は、ジェイムズとローズによって書かれた楽曲。
約1分に及ぶイントロ、力強いリフ、ギターソロなど、聴きごたえ抜群のナンバーだ。
6分を超える楽曲ではあるものの、テンポチェンジもあり飽きさせない曲構成も素晴らしい。
またこの楽曲は、メタリカが作成したデモ・テープ『ノー・ライフ・ティル・レザー』(No Life 'til Leather)にも収録されている。
アルバムの中で最初にレコーディングされた曲が、9曲目"Seek & Destroy"。
作曲はメタリカの創業メンバーであるジェイムズとローズによって行われている。
メイン・リフはまだジェイムズが仕事をしている頃、トラックの中で思いついたフレーズのようだ。
こちらも『ノー・ライフ・ティル・レザー』(No Life 'til Leather)に含まれている。
ラストを飾る10曲目"Metal Militia"は、アルバムで最速の曲。
アルバムのラストに相応しい、速くて重いスラッシュ・ナンバーだ。
作詞作曲はジェイムズ、ローズ、デイヴの3人。
2016年に発売されたアルバム『ハードワイアード…トゥ・セルフディストラクト』(Hardwired… to Self-Destruct)の発売に伴い、この曲のライブ映像がYouTubeにアップされ、話題となった。
Kill 'Em All - Credit
ジェイムズ・ヘットフィールド(James Hetfield)- ボーカル、リズムギター
カーク・ハメット(Kirk Hammett)- リードギター
クリフ・バートン(Cliff Burton)- ベース
ラーズ・ウルリッヒ(Lars Ulrich)- ドラム