アメリカのニューヨーク州出身の歌手兼ピアニスト、ビリー・ジョエル(Billy Joel)。
50年以上に渡る活動期間の中で、数多くの名曲・名盤を生み出しており、トータルセールス枚数は脅威の1億5000万枚以上。
グラミー賞も複数回受賞し、「名実共に歴史に名を残したアーティスト」として広く知られている音楽家だ。
今回紹介する『イノセント・マン』(An Innocent Man)は、ビリーが9枚目のアルバムとしてリリースした作品である。
今作の特徴は、1950~1960年頃にアメリカで流行したドゥー・ワップ、R&Bの要素を含んだ明るい楽曲が並んでいることだろう。
これは、ビリーを取り巻く環境に変化があったことが大きな理由のようだ。
『イノセント・マン』(An Innocent Man)をリリースする約1年前、ビリーは当時妻だったエリザベス・ウェーバー(Elizabeth Weber)と破局している。
その後、彼はエル・マクファーソン(Elle Macpherson)、クリスティ・ブリンクリー(Christie Brinkley)などのスーパーモデルとデートを行い、シングルライフを謳歌。ビリーはこの時の様子を「学生時代に戻ったような気分だった」と語っている。
そして本アルバムの製作を行う際、ビリーは学生時代に聞いていた音楽、即ち1950~1960年代のポップ・ミュージックを意識して作曲等を行ったという。
結果、ビリーがリリースした作品の中で最も明るいアルバムとなったイノセント・マン(An Innocent Man)は、7か国以上の音楽チャートで上位にランクイン。ここ日本でも50万枚以上を売り上げ、現在までにトータルセールス枚数は800万枚を超えるメガヒット作となった。
また、1984年のグラミー賞では、受賞こそならなかったものの「最優秀アルバム賞」にもノミネートされている。(ちなみに受賞したのはマイケル・ジャクソンの『スリラー』(Thriller)だった)
An Innocent Man - Track Listing
No. | Title | Writer | Length |
1. | Easy Money | Billy Joel | 4:04 |
2. | An Innocent Man | Billy Joel | 5:17 |
3. | The Longest Time | Billy Joel | 3:42 |
4. | This Night | Billy Joel | 4:17 |
5. | Tell Her About It | Billy Joel | 3:52 |
6. | Uptown Girl | Billy Joel | 3:17 |
7. | Careless Talk | Billy Joel | 3:48 |
8. | Christie Lee | Billy Joel | 3:31 |
9. | Leave a Tender Moment Alone | Billy Joel | 3:56 |
10. | Keeping the Faith | Billy Joel | 4:41 |
Background & Reception
1曲目を飾るのは、このアルバム全体を象徴するかのようなポップ・ナンバー”Easy Money”。1950~1960年代、特に当時流行していたジェームス・ブラウン(James Brown)を意識して作曲を行ったそうだ。
レコーディングではホーンセクション、コーラス、ギター、オルガン、ボーカルを同時に録音。結果、勢いのある作品に仕上がることなった。
2曲目”An Innocent Man”は、暖かみのあるサウンドが特徴のタイトル・ナンバー。ゆったりとした流れるようなメロディー・ラインも聞いていて心地が良い。
シングルとしてもリリースされており、ビルボート・チャートでは1位を獲得しており、UKでも20万枚の売り上げを獲得している。
ビリーはこの曲を書く際に参考にしたアーティストは、ベン・E・キング(Ben E King)、ドリフターズ(The Drifters)。どちらも1950~1960年代に活躍した有名人だ。
ビリーはこの曲について、1997年のインタビューにて以下のように語っている。
「僕は自分が出せる最高のハイ・トーンがそろそろ限界にきてるんじゃないか、って感じていたんだ。だからそれをこの曲に収めることにした。」
3曲目に並んだのは、唯一のアカペラ・ナンバーである”The Longest Time”。
フランキー・ライモン(Frankie Lymon)の香りが漂う、まさに”ザ・ドゥーワップ・ソング”といった感じがたまらない。
メロディー、低音、高音、バック・ボーカル、ハーモニーと全てビリーが熟しており、さすがはアメリカを代表するシンガーといったところだろう。
しかし、元は本職のアカペラ・グループに依頼をする予定だったそうだ。
この件について、ビリーは以下のように語っている。
「最初はザ・パースエイジョンズやニュージャージーのアカペラ・グループにも来てもらったんだ。彼らは楽器が無いときは最高なんだけど、楽器と合わせると音が下がってきてしまう。そこで上手くいかずにいると、プロデューサーのフィルが”君がやれよ”といった。最初は全部自分の声になるのは個性が無くなるから嫌だったんだけど、彼は”君はいろんな声が出せるじゃないか”って話になったんだ。だから”黒人”、”ニューアーク出身のイタリア人”とかをイメージして録音してみたら、見事に上手くいったよ。」
また、この楽曲にはミュージック・ビデオも製作されており、内容は「高校の同窓会パーティーが終わった後の体育館」がイメージされている。
チーク・タイムで踊りたくなるような”This Night”は、ゆったりとダンスするのにぴったりの楽曲。ビリー自身も「クリープ・ペーパーの中に書きつくされている。つまり、ダンス・パーティーのテーマということ」と語っている。
サビにベートーヴェン(Beethoven)の『大ソナタ悲愴』("Grande Sonate pathétique")のメロディーが使用されていることが大きな特徴だろう。部分転調を何回か行っているものの、自然に聞かせている技量はさすがとしか言いようがない。
5曲目は、シングルとしてビルボード・チャートで1位を獲得している”Tell Her About It”。モータウンで活躍していたザ・スプリームス(The Supremes)、テンプテーションズ(The Temptations)を意識して作曲されている。しかし、ビリーは後のインタビューにて「モータウンのグループよりも、トニー・オーランド&ドーン(Tony Orlando & Dawn)みたいな感じになったね」と語っている。
アップ・テンポでメロディーもポップな、今作でもおすすめの楽曲だ。
6曲目に並んだ”Uptown Girl”は、1960年代にニューヨークで活躍していたフォー・シーズンズ(The Four Seasons)を思わせるドゥーワップ・ソング。
日本国内のCMソングとして多く起用されているため、本アルバムの中で最も知名度の高い楽曲ではないだろうか。
また、ビリーのベスト盤でも必ずと言っていいほど収録される名曲でもある。
ビリー曰く、”白人のロックン・ロール”を意識して作曲したそうだ。
ミュージック・ビデオも製作されており、クリスティ・ブリンクリー(Christie Brinkley)がメイン・キャラクターとして出演している。
アメリカのソウル歌手、サム・クック(Sam Cooke)のフィーリングを持つ楽曲が7曲目”Careless Talk”。雰囲気、特にイントロやリズムはサム・クックの名曲”Chain Gang”を大いに参考にしていることが分かる。
ビリー曰く、「サム・クックがニューヨークのゴシップ欄に向けて歌っている」ようなナンバーらしい。
8曲目“Christie Lee”は、”Easy Money”に並びシンプルでアップテンポなナンバー。1960年代のアメリカを思わせるロック・サウンドがたまらない。ギターではなく、キーボードでロックしているところがビリーらしい。曲間のマーク・リベラのサックスも当時を思わせるような古き良きサウンドだ。
優しく、そして少し寂しさのある楽曲が、9曲目に収録された"Leave a Tender Moment Alone"。ソウル歌手であるスモーキー・ロビンソン(Smokey' Robinson)を意識して作曲されたナンバーでもある。
イントロや曲間で聴くことのできるハーモニカは、トゥーツ・シールマンス(Toots Thielemans)によるもの。
あまり注目されることはないが、ビリーの人柄が表現された良曲だ。
アルバムのラストを飾るのは、シングルとしてカットされている”Keeping the Faith”。肩の力が抜けたポップ・ロック・ナンバーで、本アルバムを象徴するかのような楽曲だ。
曲の雰囲気はどこかベティ・ライト(Betty Wright)の”Clean Up Woman”に通ずるものがある。
An Innocent Man - Credit
ビリー・ジョエル(Billy Joel)- ピアノ、ボーカル、フェンダーローズ、ハモンドオルガン
リバティ・デヴィート(Liberty DeVitto)- ドラム
ダグ・ステグマイヤー(Doug Stegmeyer)- ベース
デイヴィッド・ブラウン(David Brown)- リードアコースティックギター、リードエレキギター
ラッセル・ジャヴォーズ(Russell Javors)- リズムエレキギター、リズムアコースティックギター
マーク・リベラ(Mark Rivera)- アルトサックス(Tracks 4, 8, 10)、テナーサックス、パーカッション、バックボーカル
ラルフ・マクドナルド(Ralph MacDonald)- パーカッション(Tracks 7, 9)
レオン・ペンダーヴィス(Leon Pendarvis)- ハモンドオルガン(Track 1)
リチャード・ティー(Richard Tee)- アコースティックピアノ(Track 5)
エリック・ゲイル(Eric Gale)- エレキギター(Track 1)
トゥーツ"・シールマンス(Toots Thielemans)- ハーモニカ(Track 9)
ストリング・フォーエバー(String Fever)- ストリングス
ロニー・キューバー(Ronnie Cuber)- バリトンサックス(Track 1, 5, 7, 10)
ジョン・ファディス(Jon Faddis)- トランペット(Track 1)
デイヴィッド・サンボーン(David Sanborn)- アルトサックス(Track 1)
ジョー・シープリー(Joe Shepley)- トランペット(Tracks 1, 5, 7, 10)
マイケル・ブレッカー(Michael Brecker)- テナーサックス(Tracks 5, 7, 10)
ジョン・ガッチェル(John Gatchell)- トランペット(Tracks 5, 7, 10)
トム・バーラー(Tom Bahler)- バックボーカル
ロリー・ドッド(Rory Dodd)- バックボーカル
フランク・フロイド(Frank Floyd)- バックボーカル
ラニ・グローブス(Lani Groves)- バックボーカル
ウランダ・マックラフ(Ullanda McCullough)- バックボーカル
ロン・テイラー(Ron Taylor)- バックボーカル
テリー・テクスター(Terry Textor)- バックボーカル
エリック・トロイヤー(Eric Troyer)- バックボーカル
マイク・アレキサンダー(Mike Alexander)- バックボーカル