『レッド・ドア』(The Red Door)は、1998年に、スコット・ハミルトン(Scott Hamilton)とバッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)がリリースしたサックス&ギターデュオ・アルバムである。
アルバムの紹介の前に、まずは彼らについて簡単に紹介しておこう。
スコット・ハミルトン(Scott Hamilton)は、1954年9月12日生まれのサックス奏者である。
16歳からテナーサックスを始め、22歳になる1976年にニューヨークへ移住。
そこでベニー・グッドマン(Benny Goodman)、ウディ・ハーマン (Woody Herman)、トニー・ベネット(Tony Bennett)、エディ・ヒギンズ(Eddie Higgins)らと共演し、サックスの腕を磨いていく。
1980年に入ると日本、スウェーデン、イギリスなどでもツアーを行い、活動の幅をさらに拡大。
現在では「正統派スウィング・サックス・プレイヤー」として知られる、歴史に名を刻んだテナー・サックス奏者である。
バッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)は、1926年1月9日生まれのジャズギタリスト。
17歳でヴォーン・モンロー(Vaughn Monroe)のダンスバンドに加わり、この頃からプロギタリストとしてのキャリアを歩み始める。
1951年にはジョー・ムーニー(Joe Mooney)の作品にサイドマンとして参加し、初のレコーディングを経験。
1964年からはテレビ番組専用のバンド、ザ・トゥナイト・ショー・バンド(The Tonight Show Band)のギタリストとしても活躍し、ジャズのみならず様々なジャンルを吸収していく。
その後、バッキーはベニー・グッドマン(Benny Goodman)楽団、ステファン・グラッペリ(Stéphane Grappelli)、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)などと共演。
2020年にコロナウイルスが原因で亡くなってしまったものの、「歴史に名を刻んだジャズ・ギタリスト」として広く知られている人物である。
そんなレジェンド2人が1998年にリリースしたアルバムが、『レッド・ドア』(The Red Door)。
ジャズ界では様々なデュオ・アルバムが発表されているが、個人的には今作が「最高のサックス&ギターデュオ・アルバム」だと思う。
その大きな理由は「スコットの深みのあるサウンドと、バッキーの多彩なバッキングが交わり、完成度の高い楽曲が並んでいるから」だ。
これはしょうがないことなのだが、デュオ・アルバムはトラック数の少なさから「寂しい音楽」になることが多い。
しかし、この『レッド・ドア』(The Red Door)は違う。
スコット、バッキー共に音に深みがあるプレイヤーのため、楽曲に厚みが生まれ、デュオとは思えない完成度に仕上がっているのだ。
また、バッキーは低い弦が追加された7弦ギターの使い手としても有名であり、本作でも7弦を利用しながら広い音域をカバー。
通常のギターでは不可能なベースラインも演奏することにより、楽曲を更にスウィングさせている。
もちろん、スコットのサックスもそれだけで完結できるほどに「深く、厚いサウンド」をプレイし、素晴らしい腕前を披露。
両名ともに正統派スウィング・プレイヤーのため、相性抜群のデュオ演奏を堪能することができる。
また、忘れてはならないのが、本作が”ズート・シムズ(Zoot Sims)のトリビュート・アルバム”であるということだ。
ズート・シムズ(Zoot Sims)は、第2期ウディ・ハーマン楽団のフォー・ブラザーズ(Four Brothers)の一人として活躍したテナーサックス奏者。
数々のレジェンド・ビッグバンドで活躍し、その後はソロ・プレイヤーとしても多くの名盤を生んだ「伝説のサックス・プレイヤー」である。
スウィング系のサックス奏者であれば、彼の名を知らぬジャズミュージシャンはいないだろう。
スコット、バッキー共にズート・シムズを敬愛しており、彼とも何回か共演を重ねている。
そんな二人が彼に敬意を込めて製作したのが、『リメンバー・ズート・シムズ』(Remember Zoot Sims)というサブ・タイトルが付けられた『レッド・ドア』(The Red Door)なのだ。
そんな本作に収録されているのは、ズート・シムズが好んで演奏した楽曲達。
さて、ここからはそんな収録曲を1曲ずつ紹介していこう。
The Red Door - Track Listing
No. | Title | Writer | Length |
1. | It Had To Be You | Isham Jones, Gus Kahn | 7:38 |
2. | Gee Baby, Ain't I Good To You? | Andy Razaf, Don Redman | 5:54 |
3. | The Red Door | Gerry Mulligan, Zoot Sims | 4:59 |
4. | Dream Of You | - | 5:25 |
5. | Jitterbug Waltz | Fats Waller | 5:46 |
6. | Two Funky People | Al Cohn & Zoot Sims | 5:23 |
7. | Just You, Just Me | Jesse Greer, Raymond Klages | 5:05 |
8. | In The Middle Of A Kiss | Sam Coslow | 5:30 |
9. | Morning Fun | Zoot Sims | 4:19 |
10. | It's All Right With Me | Cole Porter | 7:19 |
Background & Reception
アルバムのオープニングを飾るのは、"It Had To Be You"。
1924年にアイシャム・ジョーンズ(Isham Jones)、ガス・カーン(Gus Kahn)によって作詞作曲が行われた、スタンダードナンバーだ。
スコットの暖かいサウンドと、それを支えるバッキーのアコースティックなサウンドが心地よいアレンジに仕上がっている。
スコット・ハミルトンは1984年にスウェーデンで行なわれたコンサートにて、実際にズート・シムズとこの曲をプレイ。
この共演は音源化されており、『もしあなただったら』(It Had To Be You)のタイトルでリリースされているため、興味のある方は是非チェックしてほしい。
2曲目"Gee Baby, Ain't I Good To You?"は、1929年にアンディー・ラザフ(Andy Razaf)、ドン・レッドマン(Don Redman)により作詞・作曲されたナンバー。
落ち着いたスコットの音色とバッキーのバッキングが絶妙に絡み合った、完成度の高い楽曲だ。
こちらは1974年にリリースされた『センド・イン・ザ・クラウン』(Send In The Clowns)にて、バッキーとズートのデュオ・バージョンを聴くことができる。
3曲目には、タイトルにも選ばれた”The Red Door”を収録。
作曲はジェリー・マリガン(Gerry Mulligan)、そしてズート・シムズ(Zoot Sims)の両名によって行われている。
ジャズ好きでなくとも聴き心地の良い、軽快にスウィングしたアレンジが特徴だ。
4曲目”Dream of You”は、ジャズスタンダードとして世界中で愛されている楽曲。
1934年にジミー・ランスフォード(Jimmie Lunceford)が録音して以降、数々のミュージシャンがレコーディングを行っている人気の高いナンバーでもある。
この楽曲では、枯れたサウンドを強調した、スコットのいぶし銀の演奏に注目してほしい。
3拍子の愉快なワルツのリズムが心地よい"Jitterbug Waltz"は、5曲目に選曲。
1942年にファッツ・ウォーラー(Fats Waller)が作曲した可愛らしいナンバーだ。
バッキーの軽快なバッキング、コードソロが印象的なアレンジに仕上がっている。
ちなみにバッキーはこの楽曲を好んで演奏しており、彼のソロ・アルバムでも頻繁に登場する楽曲でもある。
6曲目”Two Funky People”は、アル・コーン(Al Cohn)、ズート・シムズ(Zoot Sims)が作曲したスローバラード曲。
シンプルな曲構成な故に、スコットとバッキーのアレンジ力が堪能できる楽曲でもある。
ちなみに最初のバッキーのギターソロでは、バッキングが重ね録りされているようだ。
軽快にスウィングするメロディーが特徴の”Just You, Just Me”は、7曲目に収録。
1929年にジェシー・グリーア(Jesse Greer)、レイモンド・クレイジス(Raymond Klages)によって作詞作曲されたナンバーだ。
シンプルに心地よいアレンジで、本作でも是非多くの方に聴いていただきたい楽曲。
オスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)、バディ・リッチ(Buddy Rich)、ナット・キング・コール(Nat King Cole)、ベニー・グッドマン(Benny Goodman)など、数々のミュージシャンにより演奏されてきた名曲でもある。
バッキーの息子であるジョン・ピザレリ(John Pizzarelli)のバージョンも素晴らしいため、興味のある方はチェックしてみてほしい。
8曲目”In The Middle Of A Kiss”は、サム・コスロー(Sam Coslow)が作曲したマイナー調の楽曲。
ここまでメジャー調の楽曲が多かったが、ここではズートとバッキーの渋みのある演奏を堪能することができる。
スローな楽曲でバッキーが見せるコードソロにも注目だ。
ズート・シムズが作曲した”Morning Fun”は、9曲目に収録。
スウィング感抜群のブルースナンバーで、完成度の高いデュオ演奏を楽しむことができる。
楽器奏者はもちろん、ジャズ音楽を求めている人には是非聴いていただきたい楽曲だ。
アルバムのラストを飾るのは、ジャズの定番中の定番”It's All Right With Me”。
1953年にコール・ポーター(Cole Porter)によって作曲されている。
数えきれないほど録音された楽曲だが、このアルバムに収録されたスコットとバッキーのバージョンは本当に素晴らしい。
完璧にスウィングしたバッキーのギターと、その上に流れるスコットのサウンド。
彼らがこのレコーディングでみせた録音は、「最も優れたサックス&ギターのデュオ演奏」といっても過言ではないだろう。
是非ジャズに興味のない方も、この最高の名演を聴いてみてほしい。
「サックスとギターでここまで出来るのか」と、驚くことになるはずだ。
ジャズシーン・マガジン編集者、ウェイン・トンプソン(Wayne Thompson)のコメントより
ズート・シムズ(Zoot Sims)は数えきれないほどのジャズ愛好家に崇拝されている、スウィングに愛されたテナーサックス奏者である。
もしズートを「スウィング・ジャズの牧師」とするなら、バッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)とスコット・ハミルトン(Scott Hamilton)は、その教会の信徒席に座っていることだろう。
それほどバッキー&スコットはズート・シムズに近い存在でもあり、またソウルメイトでもあるのだ。
そんな彼らが「スウィング・ジャズの牧師」のトリビュート・アルバムをリリースしたことに、驚きはなかった。
スコット・ハミルトンは、スウィング・ジャズの黄金期である1930~1940年に影響を受けた「スウィング時代のメッセンジャー的存在」である。
プロとして20年以上活動し、リーダーとして30作以上のアルバムをリリース。
スウィング・ジャズを活性化させたミュージシャンとしても知られている。
私の意見では、スコットは大西洋の海の底に沈むタイタニックの横に並んでいたスウィング・ジャズを救い出し、ズート・シムズの意志を次の世代に繋げた、選ばれた存在だ。
バッキー・ピザレリは1972~1975年の間、ズート・シムズニューヨークのソラバガ・クラブ(Sorabaga Club)でよくデュオ演奏を行っていたようだ。彼らは少なくとも5回以上のレコーディングを共にしている。
バッキーと言えば、ローAチューニングの弦が追加された「7弦ギターの使い手」として有名である。バッキングでは7弦を利用したベースラインでサックスを支え、ギターソロでもこの低音を使用することも多い。
ジャズにおいて、テナーサックスとギターのデュオと言えば、スタン・ゲッツ(Stan Getz)&ジミー・レイニー(Jimmy Raney)、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)&ジム・ホール(Jim Hall)、ポール・デスモンド(Paul Desmond)&エド・ビッカート(Ed Bickert)、ケン・ペプロウスキー(Ken Peplowski)&ハワード・オルデン(Howard Alden)などが思い浮かぶが、このスコット・ハミルトン(Scott Hamilton)& バッキー・ピザレリ(Bucky Pizzarelli)の「レッド・ドア」(The Red Door)も、上の名盤達と同じく、ジャズのハーモニーを存分に感じることが出来る作品に仕上がっている。